
「『マイ・バック・ページ』は、私の知らない時代の話し出し、なんだか難しそう」というアナタに。『マイ・バック・ページ』を紐解くためのキーワードをご紹介します。
■全共闘運動
全共闘は全学共闘会議の略で、1960年代後半に各大学で学生が結成した自治会の連合体が起こした学生運動。主に反政府や反大学を掲げ、世の中を変えようという過激な動きもあり、一時は大学バリケード封鎖など、機動隊との激しい暴力闘争に発展した。しかし、70年代に入ると急速に衰退していった。1969年に起きた東大安田講堂事件などが有名。
→『マイ・バック・ページ』では、全共闘運動に関してそれほど突っ込んで言及していないが、若者たちが中心となって、社会を変えようと大きな運動を起こしたが、変えることが出来なかった時代の話であるということを知っておくと、より本作が楽しめるでしょう。
■朝霞自衛官殺害事件
1971年、陸上自衛隊朝霞駐屯地で、自衛官が新左翼の活動家によって殺害された事件。新聞社の雑誌記者が事件に関与し、日本のマスメディアの有り方が問われた。
→『マイ・バック・ページ』は、この実際に起きた事件を基に描いている。
■川本三郎
『マイ・バック・ページ』の原作の著者。
1944年東京生まれ。東京大学法学部卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「週刊ジャーナル」の記者となる。映画の原作となった「マイ・バック・ページ」は、ジャーナリスト時代の自身の経験を綴ったノンフィクション。朝日新聞社退社後は、映画、書籍など幅広いジャンルで、評論家、編集者として活躍している。2010年からは大学の教授も務めている。
→『マイ・バック・ページ』に登場する沢田は、もちろん川本三郎がモデル。映画に関する著書の多い川本三郎。沢田が映画館に足繁く通っている点にも注目だ。
■クリーディンス・クリアウォーター・リバイバル/「雨を見たかい」
68年から72年の間活動していたアメリカのロック・バンド。略してCCR。アメリカ南部の泥臭いサウンドとシンプルでストレートな曲調が特徴。「雨を見たかい」は、1971年にヒットした彼らの代表曲。4年間の活動期間でアルバム7枚、シングル12枚をリリースするという多作バンドで、後のミュージシャンたちにも多大な影響を与えた。
→『マイ・バック・ページ』で、松山ケンイチ演じる活動家・梅山が、沢田の家で弾き語ったのがこの曲。二人の距離が縮まる重要なシーンだ。「歌詞に出てくる雨は、ナパーム弾のこと」という梅山の発言からも判るとおり、当時、反戦歌とされ、アメリカでは放送禁止になった(それでも全米8位を記録)。しかし、97年にCCRの主要メンバーだったジョン・フォガティが、当時のバンドの状況について歌った曲であったことを明かした。
■『ファイブ・イージー・ピーセス』
1970年に製作され、日本では1971年5月に公開されたジャック・ニコルソン主演のアメリカ映画。裕福な家庭に育ちながらもドロップアウトし、怠惰な生活を送っている男ボビーの自分の居場所探しの物語。自堕落で粗暴なボビーが、父親に己の心境を泣きながら露呈するシーンでみせるジャック・ニコルソンの演技が圧巻なアメリカン・ニューシネマ。
→『マイ・バック・ページ』で、映画好きの沢田が、自分の担当雑誌の表紙モデルである高校生・眞子と一緒に見るのが本作。鑑賞後に語られる二人の会話は、とても重要。
■『真夜中のカーボーイ』
1969年に製作され、同年10月に日本で公開されたアメリカン・ニューシネマの代表作。主演はジョン・ボイドとダスティン・ホフマン。富と名声を手に入れようとテキサスからニューヨークへやって来たカウボーイスタイルの青年ジョー。スラム街に住む足の不自由なペテン師ラッツオ。大都会ニューヨークの混沌から、必死に浮かび上がろうとする2人の若者の物語。ラッツォを演じたダスティン・ホフマンの長距離バスの中でみせる名演は、今でも語り草だ。
→『マイ・バック・ページ』では、沢田と梅山との会話に登場する。『ファイブ・イージー・ピーセス』同様、重要な会話であり、共通の“何か”について語られる。
■『洲崎パラダイス赤信号』
1956年に公開された日本映画。配給は日活。東京洲崎遊廓の入口の飲み屋を舞台に、娼婦や、そこに出入りする男たちの姿を描く。
→『マイ・バック・ページ』で、沢田が映画館で見ているのがこの作品。原作者の川本三郎は、自著の「銀幕の東京」で本作を取り上げており、今では見ることの出来ない昭和の風景が登場すると記している。川本三郎は、相当お気に入りのようで、2007年に『ALWAYS 続・三丁目の夕日』の公開を記念して、神保町シアター開催された特集上映「映画の昭和雑貨店2[昭和30年代ノスタルジア]」の選出者を務めた際、本作を選んでいる。
■ボブ・ディラン/「マイ・バック・ページズ」
アメリカのミュージシャン。1962年にデビューして以来、現在も精力的に活動を続け、生きる伝説と化している。デビュー当時は、社会的なメッセージを込めた曲歌うプロテスト・フォーク・シンガーとして活躍し、若者から絶大なる支持を得る。60年代半ばより、激動の時代の代弁者と称されることに抵抗を感じ始め、内向的な作品が増えていく。「マイ・バック・ページズ」は、1964年に発表された4枚目のアルバム「アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン」に収録されている曲。このアルバムにはプロテスト・ソングが1曲もなく、「マイ・バック・ページズ」には、プロテスト・シンガーだった頃の自分を自己批判するような歌詞が見受けられる。
→『マイ・バック・ページ』では、真心ブラザーズ+奥田民夫のカバーバージョンが主題歌として使用されている。真心ブラザースは、2005年にもカバーしており、ボブ・ディラン主演の映画『ボブ・ディランの頭の中』で挿入歌として使用されている。
歌詞の内容と当時のボブ・ディランの心境を踏まえると、川本三郎がこの歌を原作のタイトルにした意図が読み取れる。
「特集:山下敦弘のマイ・バック・ページ」 吉祥寺バウスシアターにて5/28(土)よりレイトショー
作品を発表する度に多くの支持を集めてきた若き鬼才・山下敦弘の最新作『マイ・バック・ページ』の公開を記念し、吉祥寺バウスシアターにて、山下敦弘監督作の一部が特集上映される。
・『リアリズムの宿』
・『リンダ リンダ リンダ』
・『松ヶ根乱射事件』
・『天然コケッコー』
・【短編集】『パリ、テキサス、守口』
・【短編集】『我ら、天下をめざす』
・【短編集】『二人の山本』
・『めちゃ怖 特別編集版』
山下監督の代表作といえる長編4本と、その長編と並行して撮り続けてきた、いわゆる「フェイク・ドキュメンタリー」の傑作短編を4本上映。特に、劇場初公開となる短編「二人の山本」に注目!「我ら、天下をめざす」の続編的作品とされる「二人の山本」では、一体どんな山下ワールドが待ち構えているのか、見逃せない!
さらに短編集上映日の6/4(土)は、山下監督によるトークショーあり。
吉祥寺バウスシアターHP→http://www.baustheater.com/
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→『マイ・バック・ページ』特集TOP →山下敦弘監督の魅力 →インタビュー山下敦弘監督にとっての『マイ・バック・ページ』 →『マイ・バック・ページ』を紐解くキーワード
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